旅行大通り エルサルバドル

Since 2007

エルサルバドル

 
旅行大通りと星の楽園 トップページ >旅行大通りのページ>危険な旅路 エルサルバドル


危険な旅路 エルサルバドル

僕が今までに行った最も危険だった国が1980年代後半のエルサルバドルである。エルサルバドルは先述のコロンビアやペルーのように強盗による治安の悪化ではなく、大国アメリカが間接的に介入した内戦下にある、いわゆる国全土が戦争状態にあったのである。

1980年代から1990年代前半にかけてのエルサルバドルをはじめとする中米の国々では、アメリカがキューバやニカラグアのような共産主義政権の誕生を阻止するために、積極的に軍事介入をしていた。アメリカはベトナム戦争での教訓から内戦に直接的に介入するのではなく、共産主義政権が誕生したニカラグアにはニカラグア人傭兵部隊(コントラ)を組織し、共産主義ゲリラの活動が活発になったエルサルバドルには莫大な軍事援助と軍事顧問を送って裏で内戦を操っていたのである。

ここに中米内戦の悲しい構図が出来上がってしまった。つまりニカラグアではニカラグア人同士が、エルサルバドルではエルサルバドル人同士が共に戦い、内戦を指揮しているアメリカには戦死者がでないのである。

アメリカに翻弄され戦いをしている人々は政府軍・ゲリラ共に貧しい人々である。僕はその貧しき人々が毎日のように内戦で命を落としている現実を見て、何かやりきれない気持ちを抑えつつ、中米の国々を旅行していたのだった。



エルサルバドルの首都・サンサルバドルにある
内戦で破壊されたカテドラル



首都サンサルバドル市内
戦闘が近づくと、人通りが極端に減る。


僕はどうしても陸路で中米の国々を南下したいという思いからエルサルバドルに行くことにしたのだが、陸路パンアメリカンハイウェイでグアテマラから入国すると、周りの雰囲気が今までと全く違っていた。サンミゲルなどのエルサルバドル内戦の主戦場がこのパンアメリカンハイウェイに沿って点在しているため、焼け焦げたバスの残骸などが至るところに転がっていたのである。

いよいよ戦時下の国に入ったと実感した。エルサルバドルは大変小さな国で、僕の乗ったバスは途中ソンソナテと呼ばれる町を経由して、あっという間に首都サンサルバドルに到着した。

首都サンサルバドルに到着した僕の印象は一見すると平和そのものだった。繁華街には人が溢れ、また市場も大変賑わっていた。そこには普段と変わらない人々の日々の生活風景があり、全く悲惨な内戦をしている国とは思えなかったのである。

しかしエルサルバドルが内戦中の国であることを実感させるのに、そんなに時間はかからなかった。サンサルバドルには夜間外出禁止令のようなものは発令されてはいなかったが、午後6時を過ぎた頃、あれほど賑わっていた目抜き通りの人通りが少なくなり始めた。人々は自主的に夜間の外出を控えているのだった。


サンサルバドルにあるホテルサンカルロス
この宿の女主人にお世話になった。


僕が泊まった安宿の女性オーナーは、僕に外出するときは必ずパスポートを携帯するよう忠告した。警察や軍に尋問された場合、どうも身分証明書がないと拘束されるかその場で撃ち殺されるそうである。

その安宿には日本人旅行者が他に数名泊まっていた。人通りが全く無いにもかかわらず、何故かレストランは営業していたので、僕は他の日本人2人と一緒に夕食をとるために外出することにした。

しかしこの行動は、慎むべきだった。レストランからホテルへ帰る途中、装甲車にのった政府軍に僕たち3人は拘束されてしまった。

全身から血の気が引き、思わず緊張が走った。当時エルサルバドルには政府軍が関係していると言われている「死の部隊」とよばれる極右殺人部隊が暗躍しており、ゲリラやゲリラに関係した者だけでなく外国人までもが消されているのである。

僕たち3人は装甲車に乗せられ、マシンガンを突きつけられたまま尋問を受けた。

サンサルバドルの市場にて
普段は平穏そのもので、普通どおり市民生活が営まれている。


外出理由をいろいろ話したが、相手のスペイン語が早口すぎて、僕にはなかなか理解できなかった。

すると突然いっしょに拘束された若い日本人女性が泣き出したため、僕は「日本大使館、日本大使館」とスペイン語で連呼した。

それからしばらくして、政府軍兵士が僕たちのパスポートを念入りにチェックし終えると、無事釈放の身になった。

どうやら服装が汚れていたので、ゲリラの一味と疑われていたようである。僕たち3人は装甲車で宿泊先の安宿まで送ってもらったのであった。

笑い事ではなかった。エルサルバドル初日にこれだから、先が思いやられてしまった。

内戦の中心がチャラテナンゴに移っているためか、首都サンサルバドルは日中は平穏のように思えた。

しかし日中でも人通りが少なくなってきたら要注意である。それは市街戦やテロの前触れになっていることが多く、急いで宿に戻ったほうがよい。僕はエルサルバドル滞在中に散発的な戦闘に出くわしたことがある。その時もまず人通りがまばらになったのである。

どうやらゲリラ側が一般市民を巻き添えにしたくないので、戦闘の開始日時と場所を一般市民に知らせているようである。その情報が市民の間で口伝えで広まり、民間人の戦死者を最小限にとどめているようである。

ある時、僕がサンサルバドルの街中を歩いていると、いきなり前方から乾いた爆音が鳴り響いた。すると僕の周りを歩いていた数名の人々が、一目散に近くにある商店に逃げ込んだ。どうやら戦闘が始まったようである。

僕もとっさに近くにあったファストフード店(マクドナルドだったと思う)に逃げ込み、戦闘がやむのを待った。僕は店員に「いつもこうなのか」と尋ねてみると、店員は「ときどき」と答えた。人々も市街戦に慣れている様子で、そんなにパニックにはならなかった。

それにしても初めて生で聞いた銃声は、未だに僕の耳にこびりついてはなれない。あの乾ききった爆音は人々に恐怖を与えるのに十分で、最新の映画館で見たどの戦争映画の戦闘シーンよりも恐怖感があった(戦場にいるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが)。

銃声が鳴りやんでしばらくすると、街には再び人通りが回復した。恐る恐る戦闘現場に向かうと、数体の死体が道路に転がっており、政府軍が死体をトラックに積んでいるところだった。その横を集団下校の小学生の列がすり抜けていった。この子供たちはこんな光景を目の当たりにして、どんな気持ちになっているのだろうか。

エルサルバドルに入国するまでは、僕もこんなにまとめて死体を見たことが無かった。はじめはすごい嫌悪感をおぼえていたが、そのうち慣れてしまってこの国の一風景としか感じなくなっていた。明らかに僕の神経も麻痺してしまっていた。


港町・アカフトラにて

またエルサルバドル内戦は多くの戦争孤児を生み出した。稼ぎ頭の父親を亡くした子供は、母親と共にサンサルバドル郊外の難民キャンプに身を寄せていた。

完全に身内を亡くしてしまった子供の中には、生きていくために港町アカフトラなどに出て、船員や観光客相手の売春婦として働いていた。戦時下の悲しい現実がこんなところにもあった。

13年続いたエルサルバドル内戦は、1992年12月にようやく終結した。その翌年再びエルサルバドルを訪れた僕は、人々に明るい表情が戻りつつあることを感じた。

街中の市場では内戦終結を記念したTシャツも売られていた。そこには「Gracias a Dios.La paz esta com nosotros.(神様ありがとう。平和は私たちと共にあります。)」と、印刷されていた。

サンサルバドル郊外にある難民キャンプ


難民キャンプにて

サンサルバドル郊外にあった難民キャンプも以前とは随分様変わりしており、建物も家らしくなっていた。一応、周りをフェンスに囲まれてはいるものの、難民キャンプというよりは一つの小さな集落のようになっていた。そしてそこに収容されている人々の表情も前回とは比べ物にならないくらい明るかった。

しかしよいことばかりではない。僕はニュースで再び「死の部隊」が復活したことを知った。そして元ゲリラ兵士や少年窃盗団などを暗殺し始めたとのことである。戦闘はなくなったものの、エルサルバドルに真の平和が訪れるのはいつになるのだろうか。僕はまたいつかエルサルバドルを訪問して、エルサルバドルのその後を自分の目で確認してみたい。


 

旅行に関するリンク集

天文に関するリンク集

アウトドアに関するリンク集

私のお気に入りのリンク集

私のお気に入りのリンク集2

相互リンクについて・・・相互リンクを募集しています。

管理人のプロフィール

エルサルバドルの写真は、以下のページでも紹介しています。

・エルサルバドル

◆ご意見、ご感想等、お待ちしています。◆

サイト内リンク 旅行大通り

旅行大通り トップ ◆カルタヘナでのホームステイで考えたこと ◆アルゼンチン人の国民性 ◆差別の国 ベネズエラ
ラパスで本場のフォルクローレを聴く ◆ルチャリブレを見に行こう! ◆ペナンで沈没 ◆ネパールのバス 
ナイロビの水不足 ◆長時間の移動 ◆リオのカーニバル ◆世界最大の滝 ◆海外温泉紹介 ◆世界の火山紹介 
命がけのオーロラツアー ◆楽しいイランの旅 ◆バヌアツでカスタムダンスを見る ◆サービスのよい航空会社 
カンチェンジュンガの朝焼け ◆ウガンダ マーチソンフォールズ国立公園への旅 ◆人間の乗る物ではない 
とんでもない紙幣の話 ◆手ごわい国 ザイール ◆アフリカのユニークな独裁者たち ◆浦島太郎の気分は過去のもの
ビザの話 ◆フーディア 神がくれた植物
     

海外での登山・トレッキング情報 はじめに ◆ネパールヒマラヤ アンナプルナ内院トレッキング 
シッキムヒマラヤトレッキング(インド・シッキム)  ◆ウルタルベースキャンプトレッキング(パキスタン) 
ケニア山登山 ◆パカヤ火山登山(グアテマラ) ◆スメル火山・ブロモ火山登山(インドネシア)

危険な旅路 はじめに ◆危険な旅路 コロンビア ◆危険な旅路 ペルー リマ ◆危険な旅路 エルサルバドル 
危険な旅路 ニカラグア ◆危険な旅路 ナイジェリア ◆危険な旅路 ルワンダ ◆危険な旅路 ブルンジ 
危険な旅路 南アフリカ ヨハネスブルグ 

写真集 トップ ◆写真集 中南米 ◆写真集 アフリカ ◆写真集 アジア ◆写真集 北米・ヨーロッパ・オセアニア

サイト内リンク 星の楽園
星の楽園 トップ ★初めての方のための天体観測の解説 

機材について はじめに ★Meade LX200 ★冷却CCDカメラ BJ-41C、CCDカメラ Meade DSI 
Cannon Eos KissDigital IR改造カメラ 

天体観測を楽しくする天体ソフトの紹介 ★「金沢星の会」について ★「カシミール3D」で再現する、天文学者ローエルの足跡

カナダ・ホワイトホース インオンザレイク オーロラ観察記 ★オーロラ観測のノウハウ ★オーロラ観測地比較表

オーロラ写真集 ★星の写真集
Copyright (C) 旅行大通りと星の楽園 All Rights Reserved