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今でこそインターネットの発達で、北朝鮮など一部の国を除いて世界中のどこにいても日本の情報を容易に手に入れることができるが、ほんの少し前まではそうはいかなかった。僕も半年ほど日本を離れていると、帰国後の日本の激変ぶりにしばしば驚かされたものだ。僕は今までに半年以上の旅行を2度経験している。旅に出る前に、よく友人に「浦島太郎になって帰ってこないでね」と言われたものである。実際帰国してみると、自分は浦島太郎そのものなのである。
外国にひとたび出ると、とにかく日本の情報は入ってこない。特にアフリカや中南米の国々(ブラジルのサンパウロのリベルタージ地区は例外だが)にいると、日本の情報どころか、現地の人も日本が地球のどの辺りにあるのかすら知らない(但し、「メイド・イン・ジャパン」という言葉は知っている)。
僕がアルゼンチンにいた時、現地の新聞が珍しく当時の日本の首相であった宮沢喜一のことを写真入で記事にしていた。どういう内容だったのかは覚えていないが、写真をよく見るとその写真は宮沢喜一のものではなく、渡辺ミッチーだったのにはおったまげた。いい加減なお国柄とはいえ、少しひどすぎる。所詮、報道機関であっても、この程度である。旅行中は全く日本の情報が、手に入らなかったのである。
そのため僕は長期旅行の際、しばしば旅先で出会った日本を出国して間もない人を捕まえて、いろいろと日本の情報を仕入れたものである。僕はプロボクシング観戦が好きで、よく旅先で出会った人に日本のボクシング事情を尋ねた。しかしボクシングという、日本ではマイナーなスポーツ。旅人から仕入れた情報も、結構いい加減なものだった。
僕が長期旅行に出る少し前、日本人には不可能だといわれていたボクシングの重量級であるミドル級で、何と竹原慎二という世界チャンピオンが誕生した。僕は旅行中、彼のその後が気になり、トルコで出会った日本人旅行者に竹原が無事タイトルを防衛しているか尋ねたところ、防衛しているとのことだったので安心していた。しかし帰国してみると、竹原は初防衛戦に失敗していた。こういうことが多いのである。
また僕が旅先で出会った日本人は、北海道がソ連(現ロシア)に占領されたと真剣に信じて旅を続けていた。冗談がきつい他の旅行者に、見事に騙されたのであろう。おそらく騙したほうも、冗談で言ったのだろうが。これは極端な例ではあるが、結構いい加減な情報も出回るのである。
そしていざ長期旅行から帰国してみると、カルチャーショックというか日本が劇的に変化していたこともあった。今まで僕は日本に帰国して、本当に驚かされたことが2度ほどあった。1つは帰国後、時代が変わっていた。旅行中に天皇がお亡くなりになられ、元号が昭和から平成になっていたのである。これには本当にたまげてしまった。情報に全く疎いやつだなと言われるかもしれないが、僕は旅行中、この事実を一切知らなかった。浦島太郎の気持ちがよくわかった出来事だった。
もう1つは携帯電話の普及である。旅に出る前は携帯電話といえば、ほんの一部のビジネスマンしか持っておらず、それも山などで遭難者を捜索する時に使うトランシーバーほどの大きさのものだったが、帰国してみるとそれは胸ポケットに入るくらいに見事に小型化(当然、現在のものはもっと小型だが)され、さらにビジネスマンはもちろんのこと主婦や学生層にまで普及し始めていたのである。いやはや日本の技術の進歩と時代の流れは早いものである。人が外国でふらふらしていると、あっという間に取り残されてしまうのである。
とはいえ冒頭で述べたとおり、今では外国にいても容易に日本の情報を得ることができるようになった。いやむしろ情報がほしくなくても、情報の側から勝手に近づいてくるといったほうがよいかもしれない。帰国後のカルチャーショックを楽しみの1つに感じ始めていた僕にとって、ある意味でこれは寂しいことである。世の中が便利になることはよいことだが、それによって失われたものも多いように思う。現代の浦島太郎はもう存在しないのかもしれない。
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